自動車が世界で最初に誕生したのは1769年。今からおよそ250年前のこと。

ニコラ=ジョゼフ・キュニョーが、キュニョーの砲車を製作しました。蒸気自動車だったそうです。

続いて、電気自動車やガソリン自動車が発明され、自動車技術は急速に発展していきます。1900年代初め、アメリカで生産された電気自動車は全体の28%。その後ヘンリー・フォードがエンジンの大量生産をしたことで、コストの安いガソリン自動車が主流となりました。

今では世界中に普及し、その勢いはさらに増すとも言われる自動車。
その発展に、戦争が深く関わっていたことはあまり知られていません。
この記事では、戦争用の車である「軍事車両」の歴史を紐解きながら、車と戦争の関係について深く掘り下げていきます。

軍事車両の歴史

軍事技術の開発に、異常なほどの熱意を示したのはドイツでした。大戦前の1906年、戦争用の自動車開発を行ったのが、軍事車両の始まりだと言われています。

それが、後のエアハルトBAK装甲自動車です。
車体には装甲を施し、大砲を搭載。気球を狙撃するのが目的でした。
第2次世界大戦頃まで気球は軍事用に使われていました。偵察用の観測気球や、航空機妨害用の係留気球など、厄介な代物だったようです。ドイツも、この気球をどうにかして撃ち落としたいと思っていたのでしょう。

その後、ダイムラー社が同じく対気球砲タイプの車両を開発し、次いで装甲自動車を開発しました。現在のものとは比べものになりませんが、4輪駆動システムを採用し、不整地走行も可能だったそうです。
しかし、地上戦を一変させた自動車技術は、「タンク」の存在をおいて他にはありません。

キャタピラ仕様のタンクは今もなお、軍事車両の象徴として認識されています。
因みに、タンクという名称の由来ですが、イギリスで開発中に機密保持のため「タンク(水槽)」と呼んだ名残だそうです。
タンクが初めて戦場に姿を現したのは、第一次世界大戦中の1928年9月15日。フランスのフレール・クールスレットの戦線でした。

イギリスの名門、ダイムラー社の105馬力エンジンを搭載したタンクのスピードは、時速5.95キロメートルと人が歩く速度とそれ程変わりませんでしたが、これまで目にしたことのない怪物が現れたのです。目にしたドイツ軍は、一時パニック状態に陥ったと言われています。

以後タンクは各国で競って開発され、各国が独自にその技術を発展させました。

最初はとても驚いたドイツ軍でしたが、捕獲したイギリスのマーク・ワン・タンクの研究を開始し、やがて独自のモデルを生み出しました。軍事技術、こと戦時中のそれは、平時では採算ペースに乗らないハイテク技術が、惜しみなく投入されます。

どこかの国が技術を発展させて戦争に用いると、それをまた発展させて新しい技術を生み出します。そうして戦争はエスカレートし、凄惨を極めていったのです。

ジープと戦争の関係

ジープとは、FCA US LLC(フィアット・クライスラー・オートモービルズの米国法人)の四輪駆動車のブランドです。

ジープは1941年にアメリカ陸軍の要請で開発が始まりました。
地雷を踏んでタイヤ4本のうち2本を失った場合でも、スペアタイヤを含めた残り3本で100kmの走行が可能であること、車載工具ですべての修理が可能であること。これがアメリカ陸軍の要望だったそうです。
開発期間の短さと要求スペックの厳しさから、ゼネラル・モーターズもフォード・モーターも匙を投げたほど。結局、開発を受け持つことになったのは小型車メーカーで経営不振に苦しんでいたアメリカン・バンタム社でした。
バンタム社は軍の厳しい要求に応えるために社外から、自動車設計者カール・K・プロブストを招くなどして、設計に挑みました。

軍が提示した車両重量は1275ポンド、およそ585キログラムだったそうです。要求された走行性能や荷重を配慮すると実現不能な値だったため、プロブストはこの要求を無視。車両重量1トン弱で現実的な車両開発を行いました。

死に物狂いの開発の結果、バンタム社は最初の試作車をわずか2か月足らずで完成させました。メリーランド州ボルチモアの陸軍補給基地まで自走し、納入期限最終日に納入。その後1か月に及ぶ過酷なトライアルによって、基本性能の高さが確認され、軍はその後の大量生産に乗り出します。

この時、バンタム社の生産能力を疑った軍は、車の設計図ををウィリス・オーバーランド社とフォード・モーター社にも公開しました。
1941年には、数千台の試作車がヨーロッパ戦線やロシア戦線に投入されました。そして、もっとも強力で性能が優れていると評価された、ウィリスMAの試作車が陸軍に採用されることになったのです。ちなみに、フロントのデザインはフォードGPのものが取り入れられました。

その後ジープは、戦場の悪路を走破するための自動車として有益であることを第二次世界大戦で実証。大量生産され、連合軍に供給されて世界各地に広まり、一気にその名を轟かせました。

まとめ「車は軍事車両から発展してきた」

ジープの人気は根強く、世界中で多くのファンを獲得しています。その開発は、戦争の技術革新に大きく比例していました。
それは車だけでなく、飛行機や船舶にも言えることです。
便利な移動手段である乗り物が、戦争の副産物というのは少し複雑な気持ちになります。

しかし、そのような歴史を学ぶことに、大きな意味がありそうですね。