自動車だけでなく、ビルや住宅の建設段階で、保温や断熱効果の高い素材であることから、一般的に使われていたアスベスト。
健康被害が取り沙汰され、実際に亡くなられた方もいて、現在ではその使用を規制されている天然の繊維状鉱物です。
2004年を境に自動車からは全面的に使われることのなくなったアスベストですが、それ以前の車はまだ公共の場に存在しています。
アスベストが使われている車とは一体どのように向き合っていくべきなのでしょうか?

アスベストとは?

石綿と呼ばれる熱、摩擦、薬、電流の影響を受けない奇跡の鉱物。
髪の毛の5000分の1の細さで、飛散すると目に見えないほどの粒子になります。
綿のような繊維質をしており、加工がしやすいことから、機械、建物、家庭用品、自動車をはじめとする産業製品の多くに使用されてきました。
断熱材としての使用実績が多く、有害であることが発表される前には剥き出しの天井に吹き付けてある光景をよく見かけるものでした。
自動車では主にクラッチ、ブレーキの摩擦材、プラントのポンプに使われており、アスベストを除去する時にエアブラシを使うと飛散して直接吸ってしまう危険性が呼びかけられています。

現在でも日本の特定の場所では鉱物として存在していますが、加工したり掘り起こしたり手を加えない限りアスベストの粒子が飛散することはありませんので、他の鉱物と同様に本来は無害な石とも言えます。

アスベストには白(クリソタイル)、青(クロシドライト)、茶(アモサイト)の種類があり、青の鉱石が一番発がん性物質の含有量が多いとされています。

自動車のブレーキパッドに使われていることが一般的に周知されるようになった時には、排気ガスに混じって粉塵とともにアスベストを吸ってしまうイメージが先行し、世の中の消費者を一様に恐怖の渦に巻き込んだのはまだ記憶に新しいのではないでしょうか。

アスベストによる健康被害例

中皮腫

動悸、息切れ、激しい咳、発熱、不自然な体重の減少などの症状が見られます。
肺を取り囲む膜、胃腸を取り囲む膜、心臓を取り囲む膜、これらの膜に腫瘍ができる病気です。
喫煙とこの症状との因果関係はないとされています。
アスベストを吸いこんですぐに発症するものではなく20~40年ほどかけてじわじわと体を蝕んでいくタイプの腫瘍ですから、今後も患者数が増えないとも限らないという懸念が消えません。

胸部・腹部のCT検査やエックス線による画像検査を行った上で、細胞診断と病理組織診断が必要となります。
中皮腫と特定されるには困難を要することもあり、似た症状のガンや胸膜炎との識別をするには時間がかかることもあります。

治療としては抗がん剤治療、放射線による局所治療を長期的に行っていくことで、回復の可能性が見込めるようになってきました。

肺がん

気管支や肺胞上皮細胞にできる悪性の腫瘍のことを指します。
喫煙者がアスベストを吸いこんでいると、加速的に肺がんになる確率が高まることが知られており、逆に言うとアスベストを長期的に吸いこんでしまった人が肺がんになったとしても、喫煙者であった場合どちらに根本的な原因があったのか特定が難しいとも言えます。

他のガンから転移して肺がんになったケースとはその症状の進み方と治療方法が違ってくるので、区別する意味で原発性肺がんと呼ばれています。

咳、吐血の症状が見られることが多いです。
中皮腫よりも無自覚のまま、CT検査にて判明するケースもあります。

腫瘍を切除する外科的手術、放射線による局所治療、薬物療法などの方法が取られますが、発見が遅れて病状が進んでいる場合はそれなりのリスクをともないます。

石綿肺

アスベストを大量に吸い込み過ぎてしまい、肺が綿の繊維質に覆われてしまう「じん肺」という疾患です。
肺の機能が損なわれていくため、酸素と二酸化炭素の入れ替えができなくなり呼吸困難を発症します。
アスベスト以外にもじん肺の疾患を引き起こす鉱物はありますが、アスベストによって引き起こされたじん肺のことを石綿肺と区別して治療にあたられるのが一般的です。

まとめ

肺がんや悪性の中皮腫、肺線維症などの健康被害が危ぶまれるアスベスト。
自動車への使用を禁止された経緯はあっても、まだ2004年以前に製造された車には使用されているのが現状です。
しかし、解体などの専門的な作業を行わない限り飛散もしませんし、私たちが直接アスベストを見る機会は無いと言っても過言ではないでしょう。
解体や部品の清掃に立ち会う自動車整備士の方たちは、どのように扱えば飛散しないかについての情報の共有が徹底されているので、大量に吸い込む危険性はほとんど無いところまで来ています。
しかし2005年前後までに建てられたビルや住宅などには使われており、しかもそれらの建物の寿命が来て解体工事をする年代には、私たち一般市民にも危険性が及ぶことが危ぶまれているところです。