2007年のGT-R復活宣言

2018年11月に金融商品取引法違反容疑で東京地検特捜部に逮捕され、2019年3月6日に保釈されたカルロス・ゴーン。

注目されないように警備員姿に変装して東京拘置所を出たのですが、逆にその変装姿が注目を浴びてしまいました。中には過去の功績を引き合いに出して、せっかくの名誉が台無しだと嘆く声もあります。

世間の注目を浴びている、日産自動車前会長カルロス・ゴーン。しかし、彼の功績を知らないという人は少なくありません。

2001年に「グローバルな日産のシンボルとして、2007年にGT-Rを復活させる」と宣言し、開発されたGT-Rは名経営者としての名声を確固たるものにしました。

今回はそのGT-R復活などカルロス・ゴーンの功績をご紹介していきます。

カルロス・ゴーンの類まれな経営手腕

カルロス・ゴーンは1978年に大学卒業後、欧州最大のタイヤメーカーに就職し、35歳でミシュランの北米事業部の社長兼最高経営責任者(CEO)に就任します。

その後、ルノーにヘッドハンティングされ、南米ルノーのスーパーバイジング担当の上席副社長として入社。赤字だったルノーの経営を数年で黒字へと転換させます。

それから1999年の日産とルノーの資本提携により、同年6月に最高執行責任者(COO)として日産に入社。

入社わずか4ヶ月後には、ルノー時代に「コストカッター」としての異名を持った手腕そのまま、日産リバイバルプランを発表。国内工場の閉鎖、大規模なリストラを敢行しました。

2000年に日産の取締役に就任すると、翌2001年には最高経営責任者(CEO)に選出されます。その後、1998年には約2兆円あったとされる有利子負債を2003年には全額返済するなど、圧倒的な経営手腕を発揮しました。

2012年には3月決算期における最終損益が3414億円の黒字となり、トヨタの2835億円を上回って国内1位になるという快挙も達成。

まさに、窮地の日産を救った救世主だったというわけです。

カルロス・ゴーンとGT-R

カルロス・ゴーンが首を縦に振らないと新しい車は作られないと言われたほど、車作りに妥協はなかったようです。

そんなカルロス・ゴーンが、開発を進めた車が「GT-R」。

GT-Rは多くのファンを魅了して止まないスカイラインGT-Rの後継車です。

R34型GT-Rの生産終了にともなって発表された最終特別限定車も、販売数の1,000台が発表日に即日完売するという人気っぷり。

ここに日産の再建の勝機ありとみたカルロス・ゴーンは動きます。

「ミスターGT-Rになってくれ。お前に全部任す」

水野和敏をトップとした異例の社長直下プロジェクトとして、GT-Rの開発が始まりました。提出された計画書をわずか2週間で認可するという、異例のスピードだったようです。

GT-Rの試作車のテストには、サーキットで自らハンドルを握って参加したほどの熱の入れっぷりでした。

その甲斐もあって、次々に改良を加えたGT-Rは順調な売上を記録

2016年7月に発表された新型GT-Rは、8月に発表されたGT-R NISMOと合わせて、わずか1カ月で年間販売計画数の800台を超える858台を売りました。

GT-R以外にもリーフやエクストレイルなどさまざまな車を世に生み出して来ましたが、これほどまでに魂を注いだ車というのは他にはなかったようです。

GT-Rの歴史

2007年に復活させたGT-R(R35型)は歴史を遡ると、1968年10月開催の第15回東京モーターショーへ「スカイラインGTレーシング仕様」を出品したことに始まります。

この車は1966年に日産自動車と合併したプリンス自動車が開発をしていたスカイライン200GTの車体へ、GTプロトライプレーシングカーの日産・R380のエンジン・GR8型を移植することをベースに開発されました。

それ以降、2世代5代に渡って開発・生産・発売され、1969年から2002年の間、スカイラインGT-Rは多くの人に愛されてきました。日本人のスポーツカー好きの魂にはスカイラインGT-Rの刻印がしっかりと刻まれているのです。

そのような歴史的背景も踏まえ、GT-Rは必ず売れると踏んだカルロス・ゴーンはさすがとしか言いようがないですね。

まとめ「GT-Rを復活させた功績は今もなお語り継がれる」

成し遂げた功績を並べればきりがないほど、数々の偉業を成し遂げたカルロス・ゴーン。

その業績は自動車業界だけでなく、各方面で讃えられています。

ブラジルの銀行バンコ・イタウの国際諮問委員を努めたことや、中国の清華大学の経済管理学院顧問委員、ベイルートのアメリカン大学、セント・ジョセフ大学の戦略会議メンバーを歴任。2014年5月には欧州自動車工業会の会長に選出されるなど、その手腕は世界中で求められています。

その中でも、GT-Rを復活させた実績は、多くのファンに賞賛されています。

GT-Rというブランドの持つ強さもさることから、その賞賛はそれだけGT-Rに入れ込んでいたカルロス・ゴーンに対する敬意のようなものかもしれません。